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歴史に鑑みる
私が幼かった頃
親に限らず近所のおじさんやおばさん、学校の先生等
皆、年上の人達は口うるさかった。

何をするにでもとやかく言う。
今考えれば皆それぞれ親切心からの言葉であって
口喧しく言った以上、誰しもが責任を持っていたはずである。

現代、他人の子など叱ることは難しい。
一っ間違えれば逆恨みされる恐れさえある。

そのように、人にとやかく
言われず、躾られずに
育った人々がやがて
親になる。
叱り方、躾方など解るはずがない。
自分がそのように育っていないのだから。
 
良いところを伸ばすためには
個人を尊重しなんでも好きにやらせる事も
確かに大切だ。
 
しかし、その技術や長所は基本的な倫理観や
道徳観がそなわって初めて功を奏すわけで
あって幼い頃から自由奔放という言葉をかりた
『無責任。ほったらかし状態』で
育った子供達に辛いときの忍耐力や
壁をを乗り越える力、自己を抑制し周囲の人々と
協調する気持ちが宿るのであろうか?
 
けじめの伴わない才能を開花させたとしても
人間性を問われてしまえば、技術長所は
無用の長物、人物とはなり得ない。

いたずらに時を過ごすことしかできず
質の悪い人として未成熟な"甘ちゃん"ができあがるだけ。
 
核家族化がすすみ、一人っ子が増え、近所付き合いは減り、
一人で過ごす時間が多くなった子供達が
周囲の人々との意思疎通の図り方を覚える事は難しい。
また躾られずに育った親たちが
次世代に躾をできる可能性も極めて低い。

いつでも電源を入れればスタート画面になり
やり直したいときはリセットボタンを押す。
止めることだって指一本ですむ。
子供達はゲームをやるときと同じように、人に対して、社会にたいして
自己中心的な考え、わがままになる。
 
自分自身を制御できない子供達は、自らを高める努力はしなくなり
自らの限界を定め「私は私、僕は僕」の立場をとる。

本来、人間形成された人間が、その個性、感性を強調するときに使う
その台詞が向上心をなくし傍若無人な人間の逃げ口上になる。
 
自分を肯定してくれる人を常に探し
傷をなめ合う子犬のように群れる。
 
こんな人々が先々国家を支える訳がなかろう。

「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」

教育方法を改めるべき。

物事の善悪、進むべき採るべき道を示し
人間にとってなにが一番大切なのかを躾る。
人としての土台をしっかりと作る。
何事も基礎が大事。

知識という上物などは
土台がしっかりしていれば
容易く積み重ねることができる。

人道、道徳、倫理を備えた上に
知識というものを纏った
国民をつくりあげれば
景気、経済、雇用、治安等
様々な問題は問題でなくなる。

たった一つを解決すれば済む。

歴史を知るものならば
教育、躾がもっとも重要で且つ効果的だと
いうことを知っている。

まずは躾という国字の意味を教えたらどうだろうか。

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